皮膚の疾患「乾癬」。頭皮など、全身のさまざまな箇所に発疹や紅斑が現れる疾患だ。
日本に40~50万人いると言われている乾癬患者が美容室に行ったとき、「感染してしまうのではないか」「症状を悪化させてしまうのではないか」などの理由から施術を断られてしまうことが多いという。
乾癬は、その言葉の響きに反して人から人へと“感染”しない病気だ。
「より多くの美容師さんに正しい知識と対処法を知ってもらい、乾癬患者におしゃれを楽しんでもらいたい」そんな思いを持つ、さいたま赤十字病院の皮膚科医・井上多恵先生に、乾癬に関するお話を伺った。
井上多恵 先生(さいたま赤十字病院)
Profile:1972年7月2日生まれ。千葉県出身。秋田大学医学部卒業。日本皮膚科科学会 皮膚科専門医、美容皮膚・レーザー指導専門医。さまざまな皮膚トラブルを持つ患者の治療や「見た目」問題に取り組む。
この記事は髪書房WEBZINEにて2019年4月に取材・掲載したものです。
「乾癬」5つの種類と3つの症状
編集「そもそも乾癬とは、どのような病気なのでしょうか」
井上先生「免疫バランスの異常によって起こる、炎症性疾患です。原因ははっきりとはわかっていませんが、遺伝的な要因やストレス、肥満など環境的な要因が関与していると言われています」
編集「治療を続ければ完治するのでしょうか」
井上先生「完治する場合もあるかもしれませんが、いつ治るかわかりません。症状が長く続くことが多いので、うまく付き合っていくことが必要です」
編集「乾癬にはいくつかの種類があるのですか?」
井上先生「はい、大きく5つの種類があります。まず乾癬全体の約90%を占めるのが、大小さまざまな発疹が全身に出現する『尋常性乾癬』。ほかに『乾癬性関節炎』、『滴状乾癬』、『膿疱性乾癬』、『乾癬性紅皮症』があります」
編集「症状としては、どのようなものがあるのですか?」
井上先生「皮膚が炎症を起こして赤くなる紅斑(こうはん)、皮膚が炎症を起こして盛り上がる肥厚(ひこう)、皮膚表面に銀白色のかさぶたのようなものができる鱗屑(りんせつ)などの症状があります。これらの症状は、頭部や頭皮に現れることも多いです。鱗屑は古い皮膚なのですが、剥がれ落ちたときに分厚いフケのように見られ、不潔なのではないかと思われてしまうこともあります」
編集「なるほど。乾癬は、5つのうちどの種類であっても美容室に行って問題はないのでしょうか」
井上先生「はい、問題ありません。乾癬はどの種類であっても感染はしません」
美容室に行くことをあきらめてしまう患者たち
編集「しかし患者さんには、施術を断られたり、美容師さんに嫌がられたりするんじゃないかと思って美容室に行くことに抵抗感を持ってしまう方が多くいると聞きましたが……」
井上先生「乾癬という名前の響きもあって、“うつる病気なんですか? うちでは対応できません”と言われてしまうこともあるそうです。特に男性は、短髪の方が多いので本来短いスパンでカットに行く必要があるのですが、億劫になってしまう方が多いようです」
編集「男性患者さんからの声も多いんですね」
井上先生「そもそも乾癬の患者数は男性の方が多いです。男女比は2:1くらいですね。お子さんの罹患者もいますが、一番多いのは30~60代の働き盛りの年代です」
編集「働き盛りといえば、特にビジネス上で身だしなみを気にする方が多いと思います。実際にどのような対応を受けることがあるのでしょうか」
井上先生「“頭皮がすごく荒れてますね、ちゃんとお医者さんに行ってますか?”と言われたり、“頭皮が荒れてるから、このシャンプーを使うといいですよ”などと必要のない施術や商品を勧められるということもあるようです」
編集「感染しない、ということを伝えても拒否されてしまうのでしょうか」
井上先生「はじめに断られた時点で心を閉ざしてしまって、もういいや、という気になってしまうことが多いです。だから病院の中にある美容室に行ったり、セルフカットしてる方も多くいます。やりたい髪型があっても我慢してしまうんです」
乾癬患者への、対応・施術の注意点は?
編集「実際に乾癬患者さんが美容室にいらっしゃった時に、美容師さんはどのような対応をすべきなのでしょうか?」
井上先生「なるべくそっとしてほしい、というのが患者さんの本音です。頭皮が赤いところは、“ブラッシングを避けた方がいいですか”とか、“カットや施術はどのようにしますか?”と聞いてあげてください」
編集「患者さんは美容師さんに“乾癬です”と申告することが多いのでしょうか」
井上先生「そういう方は少ないと思います。予約時に、“皮膚に病気があるんですけど大丈夫ですか”と聞くことが一般的ですかね。乾癬という病気を知ってるかな、と説明することをハードルに感じている方が多いです」
編集「美容師さん側の不安として、“薬剤を使っていいのかな”とか“荒れてしまうんじゃないか”という不安があると思うのですが、ヘアカラーやパーマなどの施術は行っても良いのですか?」
井上先生「しっかり治療して、ほとんど皮疹(皮膚に出現する、肉眼で分かる変化)が無い状態まで症状が緩和すれば、パーマもカラーリングもOKです。ただ、皮疹がある状態ですと物理的な刺激やパーマ液などのアルカリ性の液体による化学的な刺激によって『ケブネル現象』という現象が起こります。症状を悪化させてしまったり、かぶれてしまう原因になります。そのため、皮疹がひどい場合はカット程度にとどめていただきたいですね」
編集「カラーやパーマなど、薬剤が直接地肌に触れる施術は行わない方が良いのですね」
井上先生「“頭皮が荒れていますので、刺激を与えないためにカットだけにしておきましょう”と提案してください。ただし、頭皮に触れないようにヘアマニキュアを塗る、などの施術なら大丈夫だと思います」
編集「シャンプーやトリートメントの際の注意点はありますか?」
井上先生「シャンプーやトリートメントは基本的に普通に行っていただいて大丈夫です。ただし、ごしごしと強くこすると刺激になりますので、頭皮マッサージはせず髪の毛を洗う程度で行ってください」
編集「患者さんにシャンプーの仕方は指導されているんですか?」
井上先生「特にしていませんが、爪を立てて洗わないでください、とか、無理やり鱗屑をはがさないでください、などと伝えています」
編集「お湯の温度はどれくらいがよいのでしょうか?」
井上先生「熱すぎるとケブネル現象の原因になるので、普通にシャワーできる程度、体温よりちょっと温かい40度くらいで、気持ちいいなと感じる温度が良いと思います」
編集「頭皮を強く刺激せず、温度にも気をつければ、普通にシャンプーして大丈夫ということですね」
井上先生「そうですね。稀ですが症状の強い方は膿が溜まる『のう胞』や、表皮がめくれてしまう『びらん』が現れて、出血してしまったりすることもあります。その場合は『少しお肌が荒れているようですので、傷をつけてしまわないように手袋をさせて頂きますね』と一言お伝えし、ゴム手袋をしてシャンプーしてください」
乾癬に似た症状の病気と見分け方
編集「乾癬と似た病気はありますか?」
井上先生「脂漏性皮膚炎という病気があり、こちらも30代から60、70代くらいの働き盛りの男性に多いです。フケや紅斑が出るなど症状は乾癬に似ていますが、乾癬よりはひどくありません。こちらも感染はしません。あとは少し症状は違いますが、アタマジラミも頭皮に現れる病気ですね。こちらは感染の可能性があります」
編集「乾癬や脂漏性皮膚炎と、アタマジラミの見分け方はありますか?」
井上先生「乾癬と脂漏性皮膚炎の見分けは難しいかもしれませんが、それは必要ないかと思います。乾癬や脂漏性皮膚炎はどちらも、フケが簡単に落ちます。アタマジラミは卵が頭髪にがっちりこびりついていますので、髪を少しはたいてフケが落ちるかどうかでこれらとの違いを見分けられます。乾癬や脂漏性皮膚炎であれば感染はしないので、カットやシャンプーでしたら問題ありません」
編集「なるほど。できる施術は限られてしまう場合もあるけど、病気を理解して気持ちよくカットをしてもらえれば、患者さんも嬉しいですよね」
井上先生「皮膚の病気は見た目に影響が出るため、コンプレックスを抱えていたり自信を失っている患者さんが多いです。でも、自分もおしゃれな美容室に行けた、好きな髪型にできた、ということが自信につながっていくんです。不安に思ってむやみに断らず、患者さんに寄り添っておしゃれしたいという期待に応えていただけたら嬉しいです」
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