美容師は人からありがとうと言われる仕事、人を笑顔にする仕事と言われます。
繁忙日である日曜日の営業をやめてまで、未来の美容師育成に情熱を注ぐサロンのタイムパフォーマンスから美容業の本質を考えます。
美容師になりたい子は、決して減っていない
青森県青森市に2店舗を展開するzip(渡辺高雄社長)は、3年前から夏休み中の小学生を対象にキッズアカデミーを行っています。今年は8月9日(日)に20名の小学生を集めて開催しました。
同アカデミーは、美容師の仕事の素晴らしさや楽しさを伝えるボランティア活動です。子ども1人にスタッフ1人がマンツーマンで付き、ハサミの開閉をはじめカット、ワインディングの初歩を無償で教えます。時間は10:30~13:00、13:30~16:00の二部制です。
例年なら告知ポスターを制作し、市内の小学校を1校ずつ巡って企画意図をプレゼンしながら生徒を募集してきました。しかし今年はおりからのコロナ禍で積極的な告知を控えたにも関わらず、以前に受講した子どものリピートと、その口コミで定員に達したとのこと。
キッズアカデミーを実施する以前、同サロンは求人目的のヘアショーを毎年行っていました。全国のサロンがよくやっている、美容学生を招待するイベントです。それはそれでスタッフのモチベーションアップにつながるなど、一定の成果はありました。ただ、社長の渡辺さんは「ヘアショーも良いですが、今は美容師人口の底辺拡大に貢献したい」と考えています。次の理由によるものです。
「よく美容師の成り手が減っていると言われますが、『美容師になりたい』と思う子は昭和~平成~令和と時代が変わっても一定の割合がいると予想しています。違うのは、昭和の頃は『手に職をつけなさい』と子の背中を押していた親が、今は『美容師はキツイ仕事だからやめなさい』と反対することです。アカデミーを開催してみて実感しますが、現代も美容師に興味や憧れを持っている子どもはたくさんいます。キッズアカデミーはその子たちの思い出づくりをめざして開催しています」
同アカデミーでは2時間30分の授業後、子どもたちにリングコームやダッカールをプレゼントしています。ここに意図があります。彼らが数年後、たとえば高校生になり進路を決める際、美容師という選択肢が頭から消えていたとしても、そのプレゼントが机の引き出しの奥から出てきたら……。「そうだ、小学生の頃の私は美容師になりたかったんだ」と初心を思い出し、美容師になってくれたら嬉しい、という願掛けです。
アカデミー当日は必ず保護者に見学してもらいます。真剣なまなざしでハサミを動かし、ロッドを巻く我が子の姿を見た大人が、子どものやる気を応援し、美容師の仕事に理解を示してほしいと期待を込めて。
人によかれ、の行動が気づきになる
キッズアカデミーは副産物ももたらしました。イベントを通じたスタッフの成長です。
「まず、教育の難しさを体験できること。子どもは正直ですから、教え方が下手だと相手のやる気に火をつけられません。次に、『利他』の心地よさです。自分のためではなく、人のためにする行為が『世の中に貢献している!』という自我を刺激し、仕事観や人生観を広げるようです」
通常の日曜営業なら、2店舗で80万円を見込むzip。その売上に加えて、ウイッグ代金、お揃いのエプロン制作費、プレゼント購入代金も合わせるとアカデミー実施は約100万円の持ち出しになる計算です。
「自己満足で終わりがちなヘアショーは投資に見合わないと後悔する時もありますが、キッズアカデミーは次世代の可能性の発掘ですのでお金には代えられません」(渡辺さん)
ところで、キッズアカデミーと聞くと集客目的ではないか? と勘ぐる人もいるでしょう。しかし、zipの場合はそんなよこしまな考えは一切ありません。当日は純粋に子どもたちの指導に当たり、保護者へ来店をアプローチするような行為は控えています。実際、同アカデミーがきっかけで初めてサロンを訪れた参加者が顧客になったケースはほぼないとのこと。
「『去年に友達の体験談を聞いて、次の開催を1年間待っていました。どうしても美容師になりたいんです!』と目をキラキラさせている子もいました。あの子たちの純粋な気持ちをサポートしてあげられたら、美容師冥利に尽きますよね」(渡辺さん)
zipは高校生を対象としたジュニアビューティスクールも開催しています。月2回、カットを中心に美容技術を無償で教える講座です。求人が目的ではなく「自分たちが美容師になる前にこんな体験ができたら良かったな」をカタチにしました。
キッズアカデミーが教えてくれること。
人を突き動かすエネルギーは、お金や社会的成功ばかりではありません。
「自分を犠牲にしても、誰かの役に立つ」。
見返りを期待しない行動が組織に強い共感を生むのか、zipは経営的にも着実に成長しているのです。
弊社は今、これからの美容師の行動指標として「タイムパフォーマンス」と題し、時間生産性や人時生産性を高めた豊かな美容師人生を送るための情報発信を心がけています。
子どもたちに未来を託すために、今を生きる。
5年先、10年先を照らす光もタイムパフォーマンスでしょう。
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